[ ライナーノーツ ]配信アルバム「mama!milk / Concert at The Museum of Kyoto, 2021」

楽器と天井を往復する音波の反響へ
〜mama!milkによる音像のファンタスマゴリア〜

文:大西穣

夏目漱石の弟子としても知られる寺田寅彦(1878年 – 1935年)は、一般的には科学的な洞察に基づいたエッセイで知られるが、その根底には、アマチュアヴァイオリニストとしての経験と音響学の知見があり、建築音響に関しての深い洞察で知られている。彼の『二十四年前』というエッセイには、1900年ごろ、お雇い外国人であるケーベル先生が、ピアノ曲を一曲弾き終えると、静かに横にからだを向けてじっと耳をすまし、「楽器と天井の間に往復する音波の反響」に聴き入っていた瞬間の姿が描かれている。西洋音楽は、周囲の音を遮断する近代建築がなくては始まらないが、さらに踏み込んで、建築内で奏でられることを前提とした上で、楽器から出発し、天井に到達する音波までを意識することが音楽なのだ、ということを記したおそらく日本で最初の事例と思われる。

京都の三条通りにある、旧・日本銀行京都支店は、寺田がエッセイに描いた時代と遠くない1906年に、近代建築の祖として著名な辰野金吾とその弟子・長野宇平治の設計によって建てられた。大きな採光窓、そして白い漆喰の壁で四方を覆われ、11mもの高さを誇る空間を見上げると、シャデリアと組み天井がクラシカルな洋風の佇まいを醸し出している。通りの喧騒が遮断され、建物内部に独自の音響が発生する。日本の近代都市を形成するにあたって、実現された到達点の一つであり、長い歴史をくぐり抜けた証人のような建物でもある。

訪れた者には、都市の記憶を共有させてもくれる。例えば、貝殻に耳を近づけ、海の音を、あるいは波の音を聴いた経験は誰にでもあるだろう。同じように、一度天井に反響する音響に耳を澄ますならば、緊張感に満ちた静寂の中、日々忙しなく勤しんだであろう、かつての行員たちが立てた、タイプ音や足音などの物音が聴こえてくるようだ。過去の濃厚な記憶が色づく空間、現在は京都文化博物館の別館ホールと称される場所で、mama!milk はその記憶に寄り添うかのように、哀愁や郷愁、歓喜、祈りといった感情表現を音に運びながら、2021年9月1日に公演を行った。この作品はその活動の記録となる。

mama!milkは、その場の固有性に合わせ表現する、いわゆるサイトスペシフィックなスタンスで演奏活動を行うアコーディオンとコントラバスの二人組のデュオとして知られている。例えば、出雲の旧大社駅、旧日本銀行広島支店、沖縄の佐喜眞美術館と過去の公演はネット動画で確認できることだろう。しかし、アーティストの現在進行形というものは、しばしば過去のアーカイブからは予測がつきにくい。今、手元に届けられた録音の音像は、私にとっても、当初の予想とはいささか異なる様相を帯びていた。一聴すると、通常の楽器アンサンブルの録音とは異なることに気づく。普段より倍音豊かに鳴り響く生駒祐子のアコーディオン、それに溶け込むかのような波多野敦子のヴァイオリンと小倉笑のヴォイス。清水恒輔のコントラバスは楽音以外のノイズ音の存在感が露わとなり、BUN Imaiはマリンバと打楽器でエキゾティックな彩りを添える。全体としてはウェットで楽器の音色は鮮やかに溶け合うこともあるにせよ、あくまでも明確な輪郭を維持し、お互いに独立している。しかし、それだけではない。あまり聴いたことのないような類の録音には違いない。あたかもスフィンクスに謎をかけられた如く、しばし立ちすくんでしまうような感触を受けたのだった。

中低音域が十分に、ときに十二分に、鳴り響いてしまう音環境では、特に倍音成分の多い楽器で中低音域を鳴らしたのなら、空間はすぐに埋まってしまいかねない。またノイズ成分の多い打楽器を鳴らしたり、楽器を叩いたり擦ったりすると、一般的なホールと比較し、その存在感は前面に台頭するようだ。例えばマルチストリングプレイヤーである波多野敦子は、今回はヴァイオリンを選択している。録音からは、日々の演奏習慣を少し違う角度から捉え直し、いつもとは違う環境の中に身を置く演奏家たちが、自身の楽器の音量に十分に気を使いながら、じっと響きに耳をすましている。空間に集中する彼らの意識や息遣いそのものを伺うことができるようだ。

しかし、それにしても、だ。聴いている自分の中で、演奏されている楽器の位置がどうもうまくそれぞれ像を結ばない。コントラバスから発せられるノイズ音の存在感は大きい反面、例えばヴァイオリンやマリンバなどは後景で抑制を効かせながらも確かな存在感を発揮する。演奏家の前に置いたワンポイントのステレオマイクと客席後方のアンビエンスマイク2本で収録されているとのことで、実際に楽器からそのまま伝わってくる音を収録しているのか、それとも天井に至って反響する音を受け止めているのか、わからなくなる瞬間があり、すると現場で音楽家たちと共に、音楽体験を同じ場所で共有しているかのような錯覚に陥る。

ノイズ音を演奏する演奏家の身体は、それ自身は音を発しないが故に、反響を浴びてあたかも眼前に浮かび上がってくるようであり、そして楽器から天井に至るまでの空間には、複数の影絵が大きなスクリーンにうつされるように、通常とは異なる、大小さまざまな倍率で照らされた、各楽器の音像のファンタスマゴリアが広がっているかのようだ。

録音作品はもっと自由であるべきで、そしてそれは生楽器のアンサンブルだからこその実験ができるのだ、ということに気付かされる。どうも私(たち)は標準化されたポップミュージックのプロダクションか、クラシックのアンサンブルの音像に慣れすぎていることに気づく。ドラムやベースが様式的に左右に振り分けられ、ジョアンジルベルトのささやくような唱法や、コンプレッサーのかかったラップミュージックのビートなど、当初は自然ではなかったものにもかかわらず、今ではすんなりと受け止めてしまっている。しかし、録音の表現は、その音楽内容に合わせて、もっと多彩であるべきなのだろう。

mama!milkは、自然な感情表現で魅了するという、音楽家としてのベースを崩すことなく、あくまで演奏家としての身体を伴いながら、一方ではサイトスペシフィックの冒険を積極的に続けてきた。今回は、その延長線上に、「楽器と天井を往復する音波の反響」に関する音楽的実験に本格的に着手し始めたのだと思われる。そんな兆候を示す作品になった気がしている。

アルバム情報

mama!milk / Concert at The Museum of Kyoto, 2021

各地の記憶や文化を内包した場でのサイトスペシフィックな演奏会が国内外で話題を呼んでいる mama!milkの、2021年9月に開催されたコンサートの模様が余すところなく収録され、アルバムになりました。
各種配信でお聴きいただけます。

[ DIGITAL ] https://ssm.lnk.to/CaTMoK
※全編を空間オーディオ[ DOLBY ATMOS ] でもお楽しみいただけます。( Apple Music, TIDAL, Amazon Music )

▶︎mama!milk / Concert at The Museum of Kyoto, 2021 アルバム詳細 

 

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